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皆様明けましておめでとうございます。正月休みは皆様いかがお過ごしでしたでしょうか? 時間が経つのは本当に早いもので、もう2008年1月に突入しました。毎年思うことですが本当にあっという間で1年は去っていきますな。のんびりしてっと、あっという間に老人になって、しかもやりたかったことが全く出来なかった!なんていう人生を送らないよう気を付けないといかんですな。本来時間の流れっていうのは無限なんだけど個人の人生内での時間の流れってやつは有限でね。まあ新しい年の初めだからそんなことも少しばかり考えつつ俺らの話に戻します。リポートにもあるように昨年から日本中撮影、撮影、撮影、撮影とノンストップで動いてきましたが未だラストの撮影、そしてタイトルの完成に向かって最後の最後まで気を緩めずファインダーとモニター、キーボードそしてスケートボードと向き合っている最中でございます。我がFESNクルー全員が確実に前進しているところを発表できる機会はあと少しのところ、いましばらくお待ちください。 来月のこの場にて次回作「overground broadcasting」の詳細を発表致します。 
 
  ところで今月のこの場では少しお知らせしたいことがあります。昨年末に俺の友人が大阪でやっているドメスティックウィールブランド(スケボーのタイヤね)「STRUSH WHEELS」の初となるスケートビデオが発表されたことです。その名も「Collective Improvisation」。俺もその「STRUSH WHEELS」からサポートを受けるライダーの1人です。おまけにちょっと宣伝しちゃうと、2度もそこから自分のシグネチャーモデルを出して頂きました。もともと神戸発のウィールブランドとして98年に始まったブランドだったのですが、訳あって2004年に再スタートを大阪から斬ったウィールブランド。3年掛けて昨年の12月28日にめでたくファーストビデオがリリースされたわけです。試写会も大阪はもちろん東京、熊本と巡業迄行ったようです。そのブランド、DVD制作は俺の友人1人でやっていて、フィルマー、ライダー、デザイナーと兼任している。友人が普段やっている堅気な仕事の合間を縫って大阪、神戸を行ったり来たりの撮影。東京のライダーも俺を含め数人いる為、その友人は纏まった休みを作って大阪からビデオカメラとスケートを持ってライダーのフッテージをひたすら撮ったようです。 再スタートから3年の間、マンションの1室を仲間から間借りして、自分でデザインもこなせるようになり、映像編集のノウハウも知ったらしい。そうやって出来たDVD。その友人は俺と同い年。俺が96年に作った2作目のビデオからの付き合い。お互い大のスケート狂。知り合ってからというものスケートツアーで関西へ行くことがあれば、常にその友人の家を頼って行った。東京へ来るときは常に俺の実家を宿に過ごさせた。長い時には1ヶ月以上の滞在も。下手すれば地元の友人よりも密な時間を過ごしたのではなかろうか。同い年の兄弟のように。それから結構な時間が過ぎて今に至っているんだけども、そんな俺の同い年の兄弟が初めて作ったビデオに、もちろん俺も参加させてもらった。そしてわがままにも条件付きで参加させてもらった。その条件とは、他のチームメイトのスケーターがどうであろうと自分の映像は自分で料理することが参加の条件。
 
  フルレングスビデオパート(自分個人のビデオセクション)という表現は俺にとって自分でやることに意義がある。逆に言えば自分でやらないと意味がない。俺は自分のビデオパートを自分の好きな音で、自分のやりたいトリックと自分のやりたい映像で表現したい。その表現は俺以外の誰にも出来ない。そしてそこは誰にも触らせたくない。どんなに親しかろうが、どんなに信頼していようが、、、どんなにセンスが良かろうが、、、どんなに、、、 そしてその真の理由は下にある。
 
  俺がスケートを始めた頃、俺の近くに俺らの為にスケートビデオを作ってくれる奴も居なければ、作りたいって言ってくれる奇特な奴も居るわけが無く、それが当時としては当たり前。ビデオカメラなんてモンはエラく高価で遠い存在。 滑るところだってもちろんスケートパークなんてのもあるわけが無く、近所の道路が俺らの遊び場。散々滑って遊んだ挙句、そこに飽きるともう1本奥の道路。またまたそこに飽きるとさらに奥といった感じ。道路に飽きると今度は近所の空き地を勝手占拠した。そして今度はそこへ工事現場から拝借してきた材木、色んな場所から探してきた建築資材を使って外国のビデオに出ていたランプを見様見真似で作ってみた。中学生だった俺らが1週間掛けて作った最初のランプは、完成した次の日に無残にも役所の奴らにボロボロに壊された。ムカついて即行新しいランプを別の場所に作った。そこは運良く3ヶ月ほどもった。その間にどこか良い場所(ランプを勝手に置いても良い場所)を塾の帰り道にリサーチ。そして調子の良い建築現場もリサーチ。材木のストックはあればある程良かった。盗れる時に盗っちまう。秘密の資材置き場も見つけて、いつでもランプを作れる準備をした。他人をあてにして滑れる場所が出来るのを待つよりも、その待っている時間で自分達なりのパークを勝手に作った。当時の俺らは常に自分が滑って遊ぶ場所も、遊ぶ物も自分らで何とかしなくちゃいけなかったが、それはそれで最高に楽しかった。一番熱かった時にはミニランプ2台がスパインで繋げられ、さらにその奥には高さ180センチのバーチ切れのクウォーター、違う場所にはテーブル付きのバンクトゥバンク、取り外し可能なロックスライダー、などを勝手に設置した。そうやって思い出すといろいろと出てくる。それらの全ての材料を自分達で調達し、当時の仲間と力合わせて作った。何度も何度も作ったから段々要領も分かっていった。近所の住民が文句たれるからランプでの夜のスケートは泣く泣く禁止。昼間だけは滑れるように近所の住民と直談判。役所の分からず屋にチクらせないよう丁寧な言葉と正直な応対で頑張って交渉する。だけどその交渉に疲れて面倒になるとせっかく作ったパークも放棄、今度はストリートに繰り出した。そんなことの繰り返し。そういったスケートという遊び全てに多くの「滑ること以外の要素」も含まれた。そしてそういうスケートっていう本来の遊びの延長線上に先にも話したスケートビデオという俺なりのスケートのもう1つの表現と楽しみが存在する。

 子供の頃外国のビデオに出てくるスケートパークで滑ってみたくて一生懸命真似して作ったランプの一つ一つ。それと全く同じ感覚で今も自分でスケートのビデオを作っている。前に作ったものより良い物にしたい、同じ失敗は繰り返さないようにしたい。この経験は無駄にしたくない。ただただそれだけ。そうやって自分でやるのが当たり前。自分で作ることが当たり前。誰もあてにはしない。自分で頑張った分は全部自分で取り返す。自分で失敗した分は全部自分で責任を取る。自分の表現の良し悪しは全部自分に返ってくる。一般に発売、発表することで少なくとも自分1人の自己満足で制作するわけにはいかない。その作品を買って見てくれている人々のことを第1に考えれば自ずと、次に何をするかは分かってくる。18歳から映像という表現と関わってきてからというもの、ただの遊びと思ったことは1度もないが、同時に1度も辛いと思ったこともない。そして辛くとも辛いと音を上げることを許されるとも思ってない。全部自分で始めたことだ。全部楽しいと思って、そして未だに思いつづけてやっていることだ。だから俺は13年もの間、1度も止めずに、俺は俺の1番好きなスケートのビデオを作っている。 

 そしてその俺の楽しみは、例え同い年の兄弟であるお前が作るビデオでも俺から取り上げることは「今はまだ」出来ないな。 だけど、、、だけども、いつかそれを一緒に「お前の作品で」やれる日が来ることを楽しみにしているのも事実。それまでゆっくりと待つことにしようかな。俺らの時間の流れに嵌まるタイミングで出来れば良いな。そして何より、昔遊んでたときのようにただ楽しく出来れば良いな。それまでしつこくただただ作っていて欲しいな。

「Collective Improvisation」即興の集合体。各ライダー映像の集合体。2007年1月から同年3月初旬まで、このビデオ内の俺自身のライディング撮影は俺の相棒と地元で即興的にやった。俺の友人DJ BAKUに俺の為に作ってもらった曲にインスピレーションを貰ってトリックを考え、映像でお返しした。偶然にも俺自身の表現は結果的に「Collective Improvisation」という俺の友人が考えたタイトル通りになった。そのタイトルはビデオが出来るちょっと前に知らされただけだったから俺が自分で自分のパートを作っているときには知る由もなかった。だけど確実にこの俺にもリンクした。

 長くはなりましたがこんな感じで俺の大切な友人が初のスケートのビデオを作りました。そして俺も俺流のやり方でそのビデオに協力しています。宜しかったら手にとって、さらに気になったら財布から\3570出すとそこから家に持って帰って自分のものにしても良いということらしいです。全国のスケボー屋で売ってますとの事です。 これからも大阪の友人が作っているウィールブランド「STRUSH WHEELS」を見ていてくださいますようよろしくお願い致します。 

大阪の兄弟よ 第2ステージへようこそ そして完成おめでとう


2008.1.7
FESN代表 
森田貴宏