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こんにちは、私はFESN主宰者であり全てのFESNプロダクトのディレクションをしています。このWEBサイトをいつもご覧になってくれる人、今日初めての人、日本国内の人、遠く海外から偶然目を向けてくれている人、スケーター、又はそれ以外の人、音楽好き、映像好き等、全ての偶然の出会いに我々FESNは感謝します。こうして映像作品以外でメッセージを発する機会というのは雑誌や公共電波等のメディア媒体以外に今まで我々にはありませんでした。FESNを立ち上げてから今年で12年が経過し、昨年初めて我々のWEBサイトがスタートしました。現在まで多くの人達がここに訪れてくれ我々の活動を知ってくれたことと思います。

私は日本人で日本語以外話せませんが、時間をかけて私の言葉を訳してくれる協力者のおかげでこのWEBサイトでは海外の方々にも理解できるように作られています。しかし少しばかり日本語サイトと英語サイトとでは更新のスピードに違いがありますことをご了承ください。この問題こそ現在我々FESNが直面している問題でもあります。

我々は1995年から2000年までその活動を日本国内に意図的に限定していました。なぜ意図的であったか?それには以下の理由があったからです。日本国内には47ヶ所の都道府県が存在しています。それぞれに異なった文化や風習があり、言葉は同じであっても異なった方言があります。そしてまた国内最南に位置する沖縄、最北に位置する北海道の両地はかつて日本という国が出来る前には独立した民族がその場を統治し暮らしていたという歴史がありました。そういったことは日本国内に住んでいても実際にその土地に行ってみないとそのリアリティは感じられなかったでしょう。

私は日本国内47都道府県全ての地に自分の足で実際に行ってそこで体験し、感じるそれぞれの土地の雰囲気やそこで実際に滑っているスケーター達の状況を自分の目で見て、接し、それらを理解してからスケート映像として表現したかった。現在までに国内47ヶ所、もちろんそれより多くの土地に実際行きました。現在までにそうして国内のスケートシーンを表現しようと作成したビデオは5本あります。もちろん全てを表現できているとは思いませんが、2000年に発表した映像タイトル「43−26」において国内全ての地を網羅した作品を発表出来たことにより、意図的だった国内活動に1つの区切りがつけれたことを当時感じたのを覚えています。
私が作ったFESNは映像に対して全くの素人が全てを手探りから始めた映像プロダクションです。だからこそ現在までの12年間の毎日が発見と反省の連続でした。01年からその活動を広げる目的と、自らの好奇心から世界中出来るだけ多くのシーンを体験したいと考えました。そこでまず先に目指した土地。アメリカ東海岸ニューヨーク、そしてフィラデルフィア。2001年8月24日、私はスケートとビデオカメラと共にアメリカ東海岸ニューヨークへと向かいました。

そこで私が見たもの、、、私が体験したものは、、、まさに「世界」でした。「世界の混乱、困窮、貧困、憎悪、略奪、搾取、、、」国内に居ては絶対に体験できなかった。ネガティブな言葉が目立つのは、いかに日本国内の状況と世界の状況に違いがあったかということだと感じたから。それ以降私はアメリカ国内7ヶ所、イギリス国内3ヶ所、デンマーク、コペンハーゲンに長期滞在し地元のスケーター達の中へ入り、撮影していった。日本国内に居ても海外から来るスケーター達と出来るだけ行動を共にした。結果様々な意思の相違やミスコミュニケーションが存在したことも事実であり、分かり合えなかったことも多くありました。

先に我々FESNが直面している問題と書いたのはこの言語の違いによるものです。世界はとても大きく人間の数だけ違いがあることも我々は認識しています。しかし我々はスケーター。スケーターとしてスケートしているときは話す言葉や習慣が違ってもスケーター同士意思の相違や言語の違いなど大したことではない。コミュニケーション方法としてのスケートは金は生まないかもしれないが人と人の心は繋ぐ。言葉以上にそのスケーターを包み隠さず表現することが出来るのがスケーターにとってのスケートだと私は信じている。

現在我々は2001年から始めた映像作品制作を7年掛けて行っている。その作品では実際に世界の土地を訪れ、現地のライダー達に混じって行動を共にして、同じ物を食い、同じ移動手段で現地の言葉を努力して話して、懸命にその土地のスケーター達、文化、風習を理解しようと努力する。我々はこの流儀に従ってスケートと接してきた。この流儀に従ってスケートボードビデオを制作する。

先日アメリカを訪れたときビジネスミーティングの中である著名人にこう言われた。「あなたのスケートビデオは収録時間が長すぎる。スケートビデオなんて物は、もはや売るようなものではなくスケートデッキを売る為にデッキに付属させる所詮はおまけだ」とね。

彼にとってそうであっても、世界のスケーターのほとんどがそうだと思っていても我々にとっては断じてそんなものではない。7年掛けて、12年掛けて、自分の人生を掛けて、自分の仲間や家族の未来を掛けて、そして何より世界の平安を夢見てここで作ってる奴がいることを忘れるな。自分の小さな物差しだけで計れないところにこの世界の難しさがある。そしてその小さな物差しを毎日ゆっくりと確実に伸ばしつづけるところに私達の生き甲斐があるのだ。 私が創造するスケートビデオとはそういうものだ。


07.01.24
FESNディレクター 森田貴宏